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一九七二年に慶応大学に留学しました。しかし授業はほとんどさぼって、しょっちゅう祖谷に遊びに行きました。遊びに行っているうちに、段々とわかってきたことは、祖谷の自然が特別であると同時に、そこに住む人々も特別だということでした。険しい地形のため、昔から祖谷は世の中からの「逃げ場」だったようです。
今、考えてみると、それはギリギリのタイミングだったと思います。昔の生活はまだ残っていましたが、消えゆく間際だったのです。畑で働く人々は草で編んだ蓑を着て作業していましたし、家の中では囲炉裏が実際に使われていました。
道路から一件の民家に辿り着くには、一、二時間歩くこともごく普通のことだったため、一般には外部との接触はほとんどなかったようです。自分の住んでいる集落から十年も下の町に下りなかったというおばあさんもいました。
今でも祖谷に戻ると、世間から離れて雲の上の世界に入ったような気持ちになります。下の町と平野が、すっかり現代的になっていて、祖谷だけが美しく残っているためにそのように感じるのかと思っていたのですが、どうやら現代だけのことではないようで、江戸時代の石碑にも「祖谷、我阿洲(阿波藩)之桃源也」と書いてあり、昔の人にとっても祖谷は桃源郷のような別世界だったようです。
美しき日本の残像 P.18-20
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